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About Full Tilt

20年以上にも渡り、ユーザーの需要に触発され、Full Tiltはオリジナル3ピースデザインのスキーブーツをスキー産業に復活させる事をミッションとし、2006年に設立されました。 名誉な事に、FTは現在に至るまで毎シーズン商品改良を重ね、発表をし続けています。また、このレジェンド的な3ピースブーツは、世界中のアスリートと一般のスキーヤーからも選ばれ続けているのです。 COMFORT IS PERFORMANCE

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Full Tilt’s Full Story – For the Good of Skiing


60年代後半から70年代初期にかけて、NASAは、宇宙服の開発の初期段階だった。この宇宙服は、人類発となる月面着陸用の宇宙服であったが、問題を抱えていた。大きな問題点は、宇宙服全体に冷却用、発熱用、電気用の線が内蔵されており、宇宙空間を歩行する際、宇宙飛行士が膝や足首を曲げようとすると、捻じれたり歪んだりしてしまうことだった。

Enter Al Gross.


Mark Avino and Roland H. Cunningham, SI
An Experimental Spacesuit // p: Mark Avino and Roland H. Cunningham, SI

この問題を解決する為にディキシー リンハートとNASAのデザインチームは、関節周りのスーツの形状は変えることなく、足首、膝、肘を自然に曲げ伸ばしすることができるように、リブ形状のヒンジでつなぎ合わせることを思いついた。

今日、この技術はホースからストローまで様々な製品にまで幅広く採用されている。


Eric Giese at his desk in Aspen, Co.
Eric Giese at his desk in Aspen, CO.

その後リンハートはNASAを退社し、かつてのレーサー、エリックジーズが責任者を務める小さな開発工場であるComfort Products でこれから進むべき道を探していた。エリックはアスペンに暮らしている間、彼らの宇宙服開発の技術をスキーに応用した。彼のゴールはとてもシンプルでブーツのロワーシェルを膨らんだり、ゆがんだりすることなく、自由にフレックスさせることだった。この時代のスキーブーツはアンクルヒンジが無かったため、大きな問題となっていた。ヒンジがないということはいかなる歪みもコントロールを低下させることを意味していた。


XRay boot // SOLE Chamonix
XRay boot // p: SOLE Charmonix

彼はこれまでのオーバーラップ式のタンではなく、リブ形状のタンに特化したユニークなブーツをいくつも発案した。これらのデザインがライケル社の元祖Flexon Tongue誕生のきっかけとなった。Raichle Flexon タンを手に、まずエリックはライケル社のUS代理店にアプローチし、試作品とともに彼の構想を提案した。可能性を見いだされ、その後エリックはライケル本社社長Heinz Herzogに会うためにスイス本社に向かうことになる。


Featured 2015 Products:
The 2015 Full Tilt Drop Kick The 2015 Full Tilt Tom Wallisch Pro Model The 2015 Full Tilt High Five

ミーティングを重ねるに連れ、エリックは彼の新しい発想が受け入れ難い状況であることを感じた。スイス側は保守的な会社であったため、従来の見た目とは非常に異なるデザインが急進的過ぎだと感じていた。土壇場になって、エリックは片足に彼の試作品を履き、もう一方にライケル社のブーツを履いて会議室のテーブルに飛び乗った。そして両足を曲げて見せた。エリックの試作品がきれいな形をキープしたままでいたにも関わらず、ライケル社のブーツは浮き上がって歪んでしまった。結果は明らかだった。

1979年、初の月面歩行から10年後、最初の3ピースブーツの原型がライケル社から製造された。そしてついに1981年の冬、市場に解禁されることになる。これが後に知られることになるFlexon Conceptであり、最終的に最初のブーツはFlexon 5と名付けられ、のちにFlexon Compとなっていく。


Beach Party! // p: Mark Shapiro
Beach Party! // p: Mark Shapiro

1983年、個人的に会社を保有していたライケル社の社長は突然会社を手放し、よく知りもしないPeter Werhanという人物に売却してしまった。ピーターはなんとドイツの首相Konrad Adenauerの孫であったが、彼はスイス人の女性と結婚し、この地域に引っ越してきていた。彼はスキーが大好きで、この買収は完全に遊びと仕事を混同していることを意味していたが、ピーターの熱意とカリスマ性によってライケルは驚くほど成功し、業界のリーダーになるまでとなった。販売は飛躍的に成長し、どうにか生産が追いつくほどだった、そしてそのブーツは続々と表彰台に上った。

80年代初めの原型モデルを履いて競技会に出場した最初のプロスキーヤーの代表格がBilly Shawであったが、素晴らしいフリースタイルスキーヤーのPeter Ouellette もまたこのブーツを履いていた。伝説のスキーヤーBill Johnsonはこのブーツを履いて1984年オリンピックダウンヒルで金メダルを手にした。Nelson Carmichael もまた1980年終盤ライケル社のブーツを履いてモーグルシーンを支配することになる。


Nelson Charmichael // p: Brian Robb
Nelson Charmichael // p: Brian Robb

オリンピックからワールドカップまで、フリースタイル競技会において、ライケル社が保有するFlexテクノロジーの特許により、その確かな性能に見合う他社ブーツが出てくることはなかった。

1980年後半、経営を始めてからわずか数年、ピーターは不運にも不慮の事故に合い、秘書と共に亡くなってしまった。ピーターの妻は直ちに会社を継ぎ、経営を始めた。悲しいことに、ピーターの死後、経営は決して同じようにはいかず、1996年ついには倒産することになってしまった。ライケル社が経営困難な会社を買収しているスイスの銀行員、Dr. Grosnickに買われたのはこの時だった。彼はこの後すぐにクナイスル社を購入することになる。

その成功にもかかわらず、長くデザインの変更が無かった為、オリジナルFlexonブーツは放置されるようになる。3ピース構造の素晴らしさは理解しつつ、新オーナーはオリジナルより更に量産でき、低価格なモデルを考案するようになる。しかしながら、オリジナルブーツの性能に達したものは一つとしてなく、どんなに改変したとしても、スキーヤー達は結局オリジナルを求めて戻ってくるとういことを彼は理解していなかった。

1999年、クナイスル社もブーツを売り出すことを主張し、Dr. Grosnick はすべてのライケル製ブーツをクナイスルブランドブーツに改名するという軽はずみな決断を下した。この改名は消費者には受け入れられず、たった一年半後、クナイスル社はRocesの親会社に買われることになってしまう。

この時からブーツの金型は買い上げられ、売り出され、十分に活用されないまま使いまわされた。その間もコアなスキーヤー達がそのブーツの性能に魅了されとりこになっていった。プロアスリートたちは、あなたのようにこのブーツに夢中になった幾千ものスキーヤーと同様に、このブーツと共にキャリアを築いてきた。商品不足のせいで、その誰もが皆突然Ebayショッピングサイトでブーツやパーツを探すことになり、ブーツを使い続けるためにスキーの交換相手を探し回ることを強いられるようになった。

私たちはスキーヤーである。私たちはブーツフィッターであり、何が為されるべきか誰よりもよくわかっていた。私たちはオリジナルの金型を探しだし、取り戻すことを自分たちに課した。それは新しいものや、歪んだものではなく、過去25年間世界で証明されたもっとも人気のある3ピース構造のオリジナルデザインを取り戻すことだった。

私たちはオリジナルの金型を購入し、すべての特性をテストした。そして生かせるものは生かし、更により良いブーツを作るため最新の技術を加えた。私たちがこのブーツを取り戻すことを待ち望んでいたのと同じぐらい、皆さんもまたこのブーツを楽しんで頂けることを願っています。3ピースブーツデザイン革命はここから始まり、そして今またここから続いていくのですから。

For the good of skiing.


Full Tilt Boots
3ピースデザインの初期開発者たち、ブーツが入手困難な時期も存続させて下さった方々、ブランド、ショップ、企業、スキーヤーの方々に、心より感謝申し上げます。もしもあなたがこのブーツの歴史に少しでも興味を持って頂けたなら是非メッセージをお送りください。今後の参考にさせて頂きます。